ストラテジーの永久優先株を分解する
2025年、ストラテジー(旧MicroStrategy)の資金調達の主力は永久優先株に移りました。 1月のSTRKから11月のSTREまで、1年で5つのシリーズを発行しています1。 この転換には一つの謎があります。 同社の資産はほぼビットコインだけで、ビットコインはキャッシュフローを生みません。 収益ゼロの資産しか持たない会社が、どうやって年8%から12%の固定利回りを、しかも満期のない証券で約束できるのか。 本稿ではこの商品を、約束の法的な性質、支払いの原資、設計の系譜の三つに分解します2。
満期のない債券という設計
優先株の配当は債券のクーポンと似て見えますが、法的な性質が違います。 クーポンは債務であり、払えなければデフォルトです。 優先株の配当は取締役会の裁量であり、払わなくても債務不履行になりません。 STRFの「年10%」は、額面に対する率が固定されているのであって、支払いそのものが約束されているのではありません。
永久(perpetual)であることも、発行体側の安全装置です。 満期がないので、元本を返す日が永遠に来ません。 借り換えの崖が存在せず、投資家の出口は市場での売却だけです。
では約束を破ったらどうなるか。 ここの設計がシリーズごとの性格を分けています。
- STRF(累積型):未払い分は消えずに積み上がり、遅延が続くと配当率が段階的に引き上がります(最大18%)。破ると後で高くつくことが信認の担保です
- STRD(非累積型):飛ばした配当は消えます。発行体に最も有利で、その分だけ発行時の要求利回りが高くなります
- STRC(変動型):毎月配当率を調整し、市場価格を額面近辺に保つことを目指します。この設計は後の節で詳しく見ます
要するにこの証券の「固定利回り」は、破ると倒産する約束ではなく、破ると信認と次の調達力を失う約束です。 法的拘束の代わりに、評判で担保されています。
額面100ドルと発行価格85ドル
各シリーズには額面(stated amount、清算優先額)が定められています。 普通株にも額面はありますが(MSTRの普通株は1株0.001ドル)、あちらは会社法上の形式的な数字で、経済的な意味を持ちません。 優先株の額面100ドルは実際に働く数字で、配当はこの額面に対する率で計算され、清算時には普通株主に先立って額面と未払い配当を請求でき、会社が買い戻す場合の価格も額面が基準になります。 法形式は株式でも、経済設計は「額面100ドル、クーポン固定、満期なしの債券」です。
一方、市場価格は額面から自由に離れます。 STRFのIPOは、額面100ドルの株を85ドルで売りました。 配当は額面基準で年10ドル固定なので、85ドルで買った投資家の実効利回りは11.8%です。 市場が「この信用に10%では足りない」と値付けしたとき、会社は額面と率を動かさず、発行価格のディスカウントで利回りを市場に合わせました。 債券のディスカウント発行と同じ調整で、STRK(8%を80ドルで発行、実効10%)もSTRC(90ドルで発行)も同じ構図です。
現金はどこから出るのか
ビットコインは現金を生まないので、配当の原資は理屈上三つしかありません。 新たな証券の発行、事前に積んだ現金、保有ビットコインの売却です。 平時に回っているのは一つ目で、つまりこの構造は、後から入る資本で先に入った資本への分配を払っています。
この字面はポンジスキームと同じですが、決定的に違う点が一つあります。 資本構造の過剰担保です。 債務と優先株を合わせた固定的な請求権は220億ドル規模で、その裏に約650億ドルのビットコインが載っています。 優先株投資家から見れば、自分の請求権は資産価値の3分の1程度しか占めておらず、ビットコインが半値になってもまだ全額カバーされます。 年8%から12%という利回りで買い手がつくのは、この担保の厚みが価格付けの根拠になっているからです。
配当の総額は年17億ドル規模とみられます3。 650億ドルの資産に対して3%弱であり、発行体側の算術は「ビットコインの長期リターンがこの率を上回る限り、資産の成長が分配を恒久的に上回る」というものです。 利回りの持続性が、資産の収益力ではなく資産の値上がり期待に懸かっている点が、通常の優先株との根本の違いです。
180年前からある道具
この証券自体は、何一つ新しくありません。 優先株は1840年代の米国鉄道会社が起源で、額面、固定配当率、清算優先権という基本設計は当時から変わっていません。 満期のない永久型は現代の銀行の自己資本規制(AT1)の定番であり、配当を飛ばすと率が上がる条項もハイブリッド証券のステップアップ条項として広く使われてきました。 額面を小口にして取引所に上場し個人投資家に売るリテール優先株市場も、公益事業やREITが何十年も使っている確立したチャネルです。
「資産の入れ物が優先株を発行してレバレッジを掛ける」という使い方にも、直接の先例があります。 クローズドエンド型投信(CEF)は、古くから優先株で運用資産を膨らませてきました。 ただしCEFには投資会社法の縛りがあり、優先株を発行するなら資産カバレッジ200%の維持が義務づけられ、割り込めば配当や新規発行が制限されます4。 ストラテジーは自らを事業会社と位置づけて投資会社登録を回避しているため、この規制上の安全弁がありません。 過剰担保は現に厚いのですが、それは規制上の義務ではなく自己申告の運用です。
では何が新しいのか。 第一に担保の中身です。 銀行や公益事業の優先株の裏には営業キャッシュフローがあり、CEFの優先株の裏には利息や配当を生むポートフォリオがあります。 キャッシュフローをまったく生まない単一資産の含み価値だけを裏付けに、この規模で恒常的な現金支払いを約束した例はありません。 第二に売り方です。 転換型のSTRK、累積型のSTRF、非累積型のSTRD、額面維持型のSTRC、ユーロ建てのSTREと、リスク選好別に棚を分けてブランド名を付け、消費者向け商品のように売った例も優先株市場では異例です。 発明されたのは証券ではなく、用途と売り方でした。
額面を守る金利の系譜
5シリーズの中で設計として最も野心的なのがSTRCです。 毎月配当率を調整して、市場価格を額面100ドルの近辺に留めることを目指します。 価格を固定して金利を動かすというこの発想にも、先例の系譜があります。
最も近いのはオークションレート証券(ARS)です。 1984年に登場し、自治体やCEFの優先株として最盛期には3,300億ドル規模で使われました。 7日や28日ごとにオークションを開き、「額面で買ってもいい」という買い手が現れる水準まで金利をリセットすることで、満期のない証券を常に額面で取引させる仕組みです。 この市場は2008年2月、オークションを下支えしていた証券会社が一斉に手を引いた瞬間に、丸ごと凍結しました5。 金利には上限が設定されていたため、買い手の要求利回りが上限を超えた時点でリセット機構は機能を失い、保有者は売却先そのものを失いました。
同じ額面維持型でも生き残ったバージョンがあります。 米地方債の変動金利要求払債(VRDO)は、金利の再設定に加えて、保有者がいつでも額面で売り戻せるプット権を持ち、その買い取り資金は銀行の信用状で保証されています。 2008年を越えられたのはこの外部の裏付けがあったからで、額面維持を最終的に支えるのは金利調整ではなく、額面で買う最後の主体の存在だということを示しています。
この系譜にSTRCを置くと、位置がはっきりします。 金利のリセットは、オークションでも第三者のエージェントでもなく発行体自身の裁量で行われ、プット権も外部の流動性保証もありません。 ARSから市場メカニズムを抜き、VRDOから安全装置を抜いて、「会社が誠実に金利を上げ続ける」という自己拘束だけで額面を守る設計です。 実際、2026年に入って額面割れが続くと、配当率は当初の9%から12%へ引き上げられました。 ペッグ一般の性質として、この種の固定は徐々にではなく不連続に壊れます。 守られている間は完全に守られているように見え、防衛コストが払える範囲を超えた瞬間に一気に外れる。 だからSTRCで見るべきは、額面との乖離幅よりも、防衛コストである配当率の上昇速度です。
何を見ていればよいか
2026年8月時点の現在地を置いて締めくくります。 普通株のプレミアムが消えて増発の錬金術が止まり、調達資金はビットコインではなくドル準備金(配当の約2.8年分)に積まれ、5月からは保有ビットコインの売却(8月上旬までに約7,000BTC)も原資の列に加わりました。 優先株は資金調達の手段として始まりましたが、いまでは会社の行動を規定する制約になっています。 買うために調達する会社が、払うために調達する会社に変わりました。
観察点は三つに絞れます。 STRCの配当率がどこまで上がるか(額面防衛のコスト)、ドル準備金がどの速度で減るか(調達なしで持つ時間)、そして優先株の追加発行が額面近辺でできているか(このチャネル自体の生死)です。 三つが同時に悪化する局面が来れば、最後の原資はビットコインの売却しか残りません。 「ビットコインの会社」は、優先株を積んだことで「ビットコインを担保に固定支払いを管理する会社」に変わっており、その信認の置き場はもはや保有量ではなく、この三つの数字にあります。
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発行時期と発行時の調達規模は、STRK(2025年1月、8%転換型、約5.8億ドル)、STRF(3月、10%累積型、約7.2億ドル)、STRD(6月、10%非累積型、約10億ドル)、STRC(7月、変動型、約25億ドル)、STRE(11月、ユーロ建て)。各時点のプレスリリースによる。 ↩
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この転換に至る調達手段の変遷の全体は、別稿「ストラテジーは何を売ってビットコインを買ってきたか」で扱った。 ↩
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同社はドル準備金48億ドル(2026年8月中旬時点)を「優先株配当の約2.8年分」と説明しており、逆算すると年17億ドル前後になる。 ↩
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投資会社法(1940年法)18条。優先株は資産カバレッジ200%、債務は300%が要件で、CEFのレバレッジはこの範囲に制限される。 ↩
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2008年2月のオークション不成立の連鎖。凍結後、発行体の多くは高率のペナルティレートを払いながら数年かけて償還した。 ↩