ストラテジーは何を売ってビットコインを買ってきたか
ストラテジー(旧MicroStrategy)は2026年8月時点で約84万BTC、供給上限2,100万枚の約4%を一社で保有しています1。 よく語られるのはこの保有量ですが、この会社の本体は買い方ではなく調達の側にあります。 84万BTCは一つの方法で買われたのではなく、6年のあいだに原資の作り方が五度入れ替わりました。 本稿ではその変遷を時系列で辿り、切り替わりを貫く原理を取り出します。
現金の置き場の問題(2020年夏)
発端は投資戦略ではなく、余剰現金の置き場の問題でした。 2020年半ばのMicroStrategyは、本業のソフトウェア事業が成熟し、約5億ドルの現金を抱えていました。 コロナ対応の大規模緩和を見た経営陣は、現金のまま持てば実質価値が目減りすると判断し、同年8月に2.5億ドル、9月に1.75億ドルを投じて38,250BTCを購入します。 ここまで外部資金は使っていません。 同じ時期に2.5億ドルの自社株公開買付けを並走させており、「株主に現金を返すか、ビットコインに替えるか」を比較したうえでビットコインを選んだ、という順序でした。
0%で10億ドルを借りる(2020年12月〜2021年2月)
最初の外部調達は転換社債でした。 2020年12月に6.5億ドル(クーポン0.75%)、翌2021年2月には10.5億ドルをクーポン0%で発行し、全額をビットコインに充てます2。 無配当のソフトウェア会社が0%で10億ドルを借りられたのは、転換社債の中身が「社債」と「株のコールオプション」の合成だからです。 オプションの価値は株価のボラティリティが高いほど大きく、ビットコインの代替銘柄と化したMSTR株のボラティリティは市場でも突出していました。 買い手の中心は転換社債アービトラージのファンドで、彼らは社債を買うと同時に株をショートし、値動きそのものを収穫します。 金利の代わりにボラティリティを支払って資金を調達する型が、ここで確立しました。
借入の深追い(2021年6月〜2022年3月)
強気相場が続くと、調達手段の質が落ちていきます。 2021年6月には、転換権のない普通の社債(クーポン6.125%、担保付き)で5億ドルを調達しました。 半年前に0%で借りられた会社が6%超を払ったのは、転換社債の受け皿だったアービトラージ需要が一巡していたからです。 同じ月に、普通株を市場で少しずつ売るATM(At-The-Market)の枠を初めて設定し、以後これが常設の調達チャネルになります。 そして2022年3月、保有ビットコインを担保にSilvergate銀行から2.05億ドルを借り、さらに買い増しました。 担保付き借入は、価格が下がると追加担保を求められる点で、それまでの無担保調達と性質が違います。 レバレッジはこの時点が頂点でした。
逆回転(2022年〜2023年)
2022年の急落が、この構造の弱い箇所を順に照らします。 評価損の減損を四半期ごとに計上し、株価は高値から9割下げ、Silvergateローンの担保維持が市場の関心事になりました。 新規の大型調達は止まり、細々としたATMだけが残ります。 2022年12月には約704BTCを売却しました。 税務上の損出しのための売却で、直後に買い戻しています。 以後2026年5月まで、売却はこれが唯一でした。 2023年3月には、経営破綻に向かうSilvergateに対してローンを期限前完済します。 元本2.05億ドルに対して支払いは約1.61億ドル、実質2割引の清算でした3。 以後この会社は、担保付き借入を一度も使っていません。
増発の再開と21/21プラン(2024年〜2025年初)
2024年、現物ETFの承認と価格回復で株価のプレミアムが戻ると、休んでいた転換社債が再稼働します。 同年3月から翌2025年2月までに6本、計約82億ドルを発行し、うち2024年11月の30億ドルと2025年2月の20億ドルは再びクーポン0%でした。 2024年9月の発行分では、資金の一部で先の6.125%担保付き社債を全額償還しています。 高利で担保付きの債務を、低利で無担保の転換社債に置き換える整理です。 並行して2024年10月に「21/21プラン」(3年間でATM 210億ドル、債券210億ドル)を発表し、ATMの規模が桁違いになりました。
この時期の駆動輪は株価のプレミアムです。 株価が1株あたり保有ビットコイン価値の何倍かを示す指標をmNAVと呼びます。 mNAVが1を上回っている限り、株を増発してビットコインを買うと、既存株主の持ち分は薄まってもなお1株あたりの保有量が増えます。 会社はこの増加率をBTC Yieldという独自指標で開示し、増発を希薄化ではなく蓄積として株主に提示しました。 プレミアムが増発を正当化し、増発への期待がプレミアムを支える、という再帰的な構造です。
利回り商品への転身(2025年)
2025年、主力は永久優先株に移ります。 1月のSTRK(8%転換型)を皮切りに、3月にSTRF(10%)、6月にSTRD(10%)、7月にSTRC(変動配当型、約25億ドル)、11月にはユーロ建てのSTREと、1年で5シリーズを発行しました4。 狙いは買い手の交代です。 転換社債はボラティリティを収穫するファンドに、普通株はレバレッジ付きビットコインを求める投資家に売る商品でしたが、優先株は固定利回りを求めるインカム投資家に売る商品です。 利回りを生まないビットコインを、配当を払う証券に包み直したことになります。 ただし配当は現金の固定支出であり、ビットコインは現金を生みません。 支払い原資は、次の調達が続くことに依存します。
調達はするが買わない(2026年)
2026年、構造がもう一度変わりました。 mNAVは1.0倍近くまで縮み、増発してもほぼ1株あたり保有量が増えない水準になっています。 6月に発表された資本運営の枠組みでは、ドル準備金の積み立て、自社株買いの授権、保有ビットコインの収益化プログラムが並びました。 7月以降もATMは回り続けていますが、そこで調達した資金はビットコインではなくドル準備金(8月中旬時点で48億ドル、優先株配当の約2.8年分)に積まれています5。 買い増しが完全に止まったわけではなく、調達と購入のつながりが切れました。 攻めの調達から、配当支払いの信認を守るための調達への転換です。
同時に、2022年12月以来なかった売却が再開しています。 2026年5月末の32BTCを皮切りに、8月上旬までに計約7,000BTC(約4.3億ドル)を段階的に売却しました6。 多くは平均取得単価を下回る価格での売却で、実現損は累計1億ドルを超えています。 買って積むだけだった6年間はここで反転し、保有ビットコイン自体が配当と準備金を支える原資の側に回り始めました。
切り替わりの原理
6年間の変遷は手段の乗り換えの連続に見えますが、選択の基準は一つです。 その時点で市場が最も高く買ってくれるものを売る、という基準です。 プレミアムが厚いときは株を、ボラティリティが高いときは転換社債を、どちらも細れば利回り(優先株)を売り、いま高く売れるものがなければドルを貯めて守りに入る。 2020年からの各フェーズは、すべてこの一つの基準からの帰結として読めます。
逆に、一度使って戻らなかった手段が一つだけあります。 担保付き借入です。 価格急落が追加担保の要求を呼び、投げ売りが次の急落を呼ぶ経路を資本構造に残さないという2022年の教訓は、その後の強気局面でも守られました。 だから現在のストラテジーに、価格を引き金とする機械的な清算はほぼ組み込まれていません。 残っているのは、優先株の配当という現金の約束を、プレミアムもボラティリティも薄れた市場でどう履行し続けるかという、より地味で、より逃げ場のない問題です。
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2026年8月時点で840,447BTC、平均取得単価は約75,000ドル、総取得コストは約634億ドル(同社開示、The Block集計)。 ↩
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2020年12月の8-K(0.750% Convertible Senior Notes due 2025)および2021年2月の8-K(0% Convertible Senior Notes due 2027)。 ↩
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2023年3月24日の完済。支払い1.61億ドルの内訳は元本弁済1.599億ドルと未払利息0.011億ドル(2023年Q1開示)。 ↩
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発行価格ベースの調達額はSTRKが約5.8億ドル、STRFが約7.2億ドル、STRDが約10億ドル、STRCが約25億ドル(各時点のプレスリリース)。 ↩
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2026年6月29日発表のDigital Credit Capital Framework、および8月の週次開示。STRCの配当率は2026年7月に12%へ引き上げられている。 ↩
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2026年5月26日〜31日に32BTC(初回)、7月27日〜8月2日に1,638BTC、8月3日〜9日に1,690BTCなど、通算約6,948BTC・約4.3億ドル(同社の週次8-K開示の集計)。実現損は累計1.02億ドル超。 ↩