ストラテジーはただビットコインを買っているだけなのか

ストラテジー(旧MicroStrategy)への定番の批判に、「調達した金でただビットコインを買っているだけ」というものがあります。 約84万BTCという保有量の派手さに比べて、やっていることは資金調達と購入の繰り返しにすぎない、という見立てです。 この批判は妥当なのか。 反論の余地はあるのか。 本稿では批判を腑分けし、反論がどこまで通るのか、そしてどこで効かなくなるのかを測ります1。

批判を三つに分ける

「ただ買っているだけ」という一言は、実際には三つの別々の主張を含んでいます。

  • 付加価値の不在:ビットコインを買うだけなら投資家が自分でやればよく、純資産価値を上回るプレミアムを払って包み紙を買う理由がない
  • 事業の不在:営業キャッシュフローを生む活動がなく、あるのは金融操作だけである
  • 技能の不在:やっていることはレバレッジ付きの値動きの提供であって、巧拙の介在する余地がない

このうち一つ目は、2024年に現物ETFが承認されて以降、目に見えて強くなりました。 「ビットコインへのアクセス手段」としての存在意義は、経費率0.2%前後のETFがほぼ潰したからです。 プレミアムを正当化する根拠があるとすれば、アクセスではない別の何かでなければなりません。

株主には複製できない二つのこと

反論の核心は、この会社の生産活動は資産側(ビットコインを買う)ではなく、負債と資本の側(何を売って現金を作るか)にある、というものです。

投資家が自分でビットコインを買っても、できないことが二つあります。 自分の保有分のボラティリティを現金化することと、自分の保有分を裏付けに優先請求権を売ることです。 ストラテジーは、転換社債で株のボラティリティを転換アービトラージ資金に売り、優先株で疑似的な利回りをインカム資金に売り、その代金で1株あたりの保有量を増やしてきました。 債券マンデートや利回り要求のせいでビットコイン現物には構造的に近づけない資金プールから現金を引き出し、株主の持ち分の増加に変換する。 これは個人には複製できない加工業であり、原材料(ビットコインの高ボラと無利回りという欠点)と製品(クレジット市場が買える証券)の区別が成立しています。

この反論には実測の裏付けもあります。 同社は1株あたりビットコイン保有量の増加率をBTC Yieldという指標で開示しており、2024年は年70%を超えました2。 「ただ買っているだけ」なら増発で1株あたり保有量は薄まるはずで、実際には逆だった期間が長い。 少なくともこの期間について、付加価値の不在という主張は数字で反駁できます。

類例を挙げれば、保険会社は「集めた保険料で債券を買っているだけ」、銀行は「預金で貸出を買っているだけ」と記述できますが、事業の本体が負債側の設計にあることは誰も疑いません。 資産側が退屈であることは、事業の不在を意味しないのです。

セイラーは自社を何と呼んできたか

この「事業は負債側にある」という反論は、実は会社側の自己規定と一致しています。 マイケル・セイラーは2024年10月のインタビューで、究極の目標を「ビットコイン銀行、あるいはマーチャントバンク、ビットコイン金融会社と呼んでもいい」と述べ、本業を「ビットコインの証券化(securitizing Bitcoin)」と表現しました3。 ただし彼の言う「銀行」は通常の意味ではありません。 貸出をせず、カウンターパーティを持たない、と彼は同時に強調しています。 つまり預金で貸出をする銀行の資産側を放棄し、多様な請求権を発行して資金を集める負債側の機能だけを取り出した「銀行」です。

公式の自己規定も、この線に沿って動いてきました。 2024年初の「ビットコイン開発企業」から、同年秋の「ビットコイン銀行」発言を経て、2025年の社名変更時には「世界初にして最大のビットコイン・トレジャリー・カンパニー」、2026年の資本枠組みでは「デジタルクレジット」が前面に出ています。 ラベルの変遷は、その時々の主力商品(普通株、転換社債、優先株)に合わせた販売戦略でもありますが、「買う会社」ではなく「発行する会社」という自己認識は一貫しています。

反論の三つの限界

ここまでが反論の通る範囲です。 ここからは、この反論が効かなくなる条件を見ます。

第一に、この付加価値は生産ではなく収穫です。 転換社債の割安発行もプレミアムでの増資も、突き詰めれば「市場のどこかが割高に買ってくれる」という非効率の収穫であり、新しい買い手から既存株主への価値移転です。 保険や銀行の負債側事業は市場が効率的でも成立しますが、ストラテジーの負債側事業はプレミアムかボラティリティの存在、つまり市場の歪みを原料にしています。 歪みは裁定されて消えるのが自然で、実際にプレミアムは1.0倍近くまで潰れ、2026年のBTC Yieldの機械は止まりました。 現状そのものが、「これは恒常的な事業ではなく条件付きの収穫だった」という批判側の実証になっています。

第二に、「だけ」ではないことは、安全を意味しません。 ただ買っているだけなら、実は安全です。 実際にやってきたのは、ボラタイルな資産の上に220億ドル規模の固定的な請求権を積む信用の変換であり、これは銀行業の構造で、銀行業は破綻しえます。 2026年に入って優先株の配当原資のために取得単価を下回る価格でビットコインの売却を始めた姿は、「ただの買い手」なら決して負わなかった負債側の制約に、行動を縛られている姿です。 批判を「ただ買っているだけ」から「危険な形で買っている」に修正すると、反論はずっと難しくなります。

第三に、批判は規制上の急所を突いています。 「実態は投資ファンドだ」という指摘の法的な含意は重く、投資会社と認定されれば1940年法のレバレッジ規制が掛かり、現在の資本構造は組めません4。 「事業会社である」という自己規定は、加工業という実態の主張であると同時に、規制回避の必要条件でもあります。 反論が会社側の利害と一致しすぎている点は、割り引いて聞く必要があります。

批判の最も強い形

整理すると、こうなります。 「ただビットコインを買っているだけ」という素朴な批判に対しては、反論の余地が十分にあります。 事業は負債側にあり、株主に複製できない加工を行い、1株あたり保有量の増加という実測も残した。 しかし批判を最も強い形に鍛え直すと、様相が変わります。 「これは市場の歪みを収穫する条件付きの金融加工業であり、歪みが消えた後に残るのは、ボラタイルな資産と固定負債のミスマッチだけだ」。 この形の批判に対する有効な反論を、少なくとも2026年8月時点の材料からは組み立てられません。

会社側の最後の防衛線は、ビットコインの長期リターンが配当率を上回り続けるという賭けの成否です。 それは事業の巧拙ではなく、資産価格の問題です。 つまり議論は一周して、批判者の言う「ビットコインを買った会社」に戻ってきます。 加工業の看板が本物だったかどうかは、プレミアムなしの環境を、配当を払いながら何年生き延びるかで判定されることになります。 判定はまだ出ていませんが、判定の場にはすでに入っています。

  1. この会社の調達手段の変遷は別稿「ストラテジーは何を売ってビットコインを買ってきたか」、転換社債と優先株の各論は「ストラテジーはなぜ金利0%で10億ドルを借りられたのか」「ストラテジーの永久優先株を分解する」で扱った。 ↩

  2. 同社開示のKPI。2024年通年のBTC Yieldは74.3%と報告されている。 ↩

  3. 2024年10月、Bernstein主催のインタビュー。原文は「The ultimate goal is to be the leading Bitcoin bank, or merchant bank, or you can call it a Bitcoin financial company」。 ↩

  4. 投資会社法(1940年法)。投資会社に該当すれば優先株は資産カバレッジ200%、債務は300%の要件が掛かる。同社は資産の大半が投資証券に当たらないビットコインである等の整理で登録を回避している。 ↩