ストラテジーはなぜ金利0%で10億ドルを借りられたのか

2021年2月、ストラテジー(旧MicroStrategy)は10.5億ドルをクーポン0%の社債で調達しました。 配当はなく、本業のソフトウェア事業は成長が止まった会社です。 それでも貸し手が列を作り、同社は2020年末から2025年初までに転換社債を計8本、100億ドル近く発行して、ほぼ全額をビットコインに充てました1。 利息を受け取らずに10億ドルを貸す投資家は、何を対価に受け取っていたのか。 本稿では転換社債を部品に分解し、買い手の側からこの取引を説明します2。

債券とコールオプションの合成

転換社債を買った投資家は、満期に元本を返してもらう権利に加えて、「株価が決められた転換価格を超えたら、社債を株に転換できる権利」を持ちます。 後者は実質的に株のコールオプションです。 したがって転換社債の価値は、普通の社債の価値とコールオプションの価値の合計に分解できます。 投資家に渡す対価はこの合計で足りればよいので、オプションの価値が十分に大きければ、クーポンはゼロでも買い手がつきます。 0%債の投資家は、利息を受け取らない代わりにオプションを受け取っています。

オプションの価値は振れ幅で決まる

コールオプションの価値を決めるのは、株価の期待方向ではなく、値動きの激しさ(ボラティリティ)です。 オプションは上には無限に開き、下には社債部分の元本で閉じている非対称な権利なので、振れ幅が大きいほど「転換価格を超えてくる確率」だけが増え、価値が上がります。

ストラテジー株は、ビットコインのレバレッジ付き代替銘柄としてインプライド・ボラティリティが米国の大型株で突出した水準にありました。 値動きの穏やかな会社が同じ0%債を出しても、オプション価値が小さすぎて誰も買いません。 この会社は、普通なら欠点でしかない「異常に激しい値動き」という性質を持っていたからこそ、オプションだけで対価が足りたのです。 発行体の側から言い換えると、普通の会社は金利という現金を払って借り、ストラテジーは自社株のボラティリティという性質をオプションの形で切り出して渡し、現金を受け取りました。 金利の代わりにボラティリティを払う調達です。

マイケル・セイラーは「Volatility is Vitality(ボラティリティは生命力)」という標語を繰り返し口にします。 株価の乱高下への批判を切り返す強がりに聞こえますが、この調達の仕組みを踏まえれば文字通りの事業説明です。 値動きの激しさは、この会社が市場に売っている商品そのものだからです。

買い手は何に賭けているのか

「株が上がらなければオプションは紙くずでは」という疑問が残ります。 しかし買い手の中心である転換アービトラージのファンドは、株価の方向にはまったく賭けていません。 彼らの取引はこうです。

  1. 転換社債を買うと同時に、株を一定量ショートし、株価の上下に対して中立になる
  2. 株価が上がったらショートを積み増し、下がったら買い戻す、という調整を日々繰り返す

この機械的な調整は、必ず「上がったら売り、下がったら買う」動きになるので、株価が上下に振れるたびに小さな利益が確定します。 往復が激しいほど利益は積み上がり、株価がまったく動かなければ、クーポンなしの債券を抱えただけで終わります。 つまりこのファンドの損益は「株価がどこへ行くか」ではなく「どれだけ暴れるか」で決まります。 彼らは事実上ボラティリティを買っており、その代金を「無利息の社債を額面で買う」という形で発行体に前払いしています。 取引が成立する条件は、彼らの見込む将来の実現ボラティリティが、価格に織り込まれた水準を上回ることです。 ストラテジー株はこの条件を繰り返し満たしたので、需要が繰り返し付きました。

発行体が払っている対価

ストラテジーの側も、タダで借りているわけではありません。 払っているものは二つあります。

一つは希薄化のオプションです。 転換価格は発行時の株価より3割から5割高く設定されるのが通例で3、株がそこまで上がれば新株を渡すことになります。 ただしこれは「株価が5割上がった世界でだけ発生するコスト」であり、そのときは保有ビットコインも上がっているはずなので、発行体にとっては喜んで払える種類のコストです。 上がらなければ、満期に元本を返すだけの無利息借入だったことになります。

もう一つは、この手段がボラティリティの高い季節にしか使えないという条件そのものです。 2021年6月、同社は転換社債ではなくクーポン6.125%の担保付き社債で借りました。 半年前に0%で借りた会社が6%超を払ったのは、アービトラージ需要が一巡し、ボラティリティの買い手が途切れていたからです。 2024年から2025年初に0%債を再発行できたのは、強気相場で振れ幅と需要が戻ったからでした。

なお、この構造の防御面は2022年の急落で証明されています。 ビットコイン担保のローンは追加担保の懸念が市場の関心事になりましたが、転換社債では何も起きませんでした。 満期が遠く、無担保で、価格を引き金とする条項がないため、暴落しても強制的な投げ売りにつながらない。 0%という表面の派手さより、この「急落時に何も要求してこない」性質のほうが、資本構造の設計としては効いています。

成立の四条件

では、ボラティリティの高い資産を抱えれば、どの会社でも同じことができるのか。 買い手の条件をなぞると、必要なものは四つあることが分かります。

第一に、ボラティリティが安く買えることです。 アービトラージの利益は実現ボラティリティと買値の差なので、高いボラティリティが価格に完全に織り込まれていれば儲けはありません。 転換社債が特別なのは、発行体にとってオプションが「売って儲けるもの」ではなく資金調達の対価であり、値引きしてでも発行を成立させる誘因が働くため、埋め込みオプションが上場オプションより系統的に安くなることです。 加えて、5年から7年という上場市場に存在しない長期のオプションは、転換社債だけが入手経路です。

第二に、ヘッジが物理的に実行できることです。 日々のショート調整には、何億ドル分の売買を吸収する株の流動性と、借株の調達可能性が要ります。

第三に、下の床が信用できることです。 「下は元本で守られている」は発行体が満期に返せることが前提ですが、世の中の高ボラティリティ株の多くは経営が危ないから暴れています。 その場合、株価が暴れる局面はまさに債券の床が抜けかける局面で、ボラティリティを収穫するつもりが信用リスクを丸抱えすることになります。 ストラテジーが特殊だったのは、振れ幅の源泉が経営不安ではなく保有資産の値動きで、しかもその資産が債券の返済原資として何倍もの過剰担保になっていたことです。 床は厚いのに株は暴れる、という普通は両立しない組み合わせが、転換アービトラージにとって理想の獲物でした。

第四に、ファンドの運用規模に見合う発行ロットです。

後発のDAT(digital asset treasury)企業群がこの調達を模倣しようとして苦戦しているのは、ボラティリティ以外の三条件が欠けているからです。 株の流動性と貸株が細く、発行規模が小さく、過剰担保の厚みと開示の実績がない。 振れ幅だけ真似ても、それを安心して収穫できる形に加工できなければ、アービトラージ資金は来ないか、来ても高い対価を要求します。 転換アービトラージ自体は1990年代のハイテク株で確立した古い商売であり、四条件が揃えば発行体は誰でもよいのですが、ストラテジーほど極端に揃えた例は他にありません。

装置の寿命

この調達装置は、ボラティリティが下がると発行体の側から崩れます。 ビットコインが機関投資家の資産として定着し値動きが穏やかになれば、オプション価値が痩せて、クーポンゼロでは売れなくなります。 2025年以降、同社の調達の主力が永久優先株に移った背景には、株価プレミアムの縮小だけでなく、株のボラティリティ自体が以前より落ち着いたという事情があります。

一段引いて見ると、ビットコインは「値動きが激しく、利回りを生まない」という二つの欠点を持つ資産です。 転換社債は前者の欠点をクレジット市場が買える証券に加工して現金化する装置であり、優先株は後者を利回り商品に包み直す装置でした。 ストラテジーはビットコインの二つの欠点を順番に商品化してきたことになります。 どちらの装置も、買い手の条件が揃っている季節にしか回りません。 この会社の調達手段の変遷史は、その条件が開いては閉じてきた記録として読めます。

  1. 2020年12月6.5億ドル(0.75%)、2021年2月10.5億ドル(0%)、2024年3月8億ドルと6億ドル、6月8億ドル、9月10.1億ドル、11月30億ドル(0%)、2025年2月20億ドル(0%)。計約99億ドル。各時点の8-Kによる。 ↩

  2. 調達手段の変遷の全体は別稿「ストラテジーは何を売ってビットコインを買ってきたか」、優先株の側は「ストラテジーの永久優先株を分解する」で扱った。 ↩

  3. たとえば2021年2月の0%債の転換プレミアムは発行時株価に対して5割前後に設定された。 ↩