Jack Mallers は何を主張してきたか(後編)

前編では、Jack Mallers が何を病と診断し、なぜビットコインを処方し、それをどう事業にしてきたかを追いました。 後編は、彼がその処方を売り込むときに必ず比較相手に選んできたゴールドの話です。

Mallers のゴールド論は二層になっています。 第一層は「ビットコインはゴールドより良い貨幣だ」で、2024年9月の Peter Schiff との公開討論で型ができました。 供給、監査、保管、決済網、携帯性と実績の五つの論点から成ります。 第二層は「ゴールドは流動性を先回りし、ビットコインは反応する」で、2025年から2026年にかけてゴールドが史上最高値を更新し続け、ビットコインだけが下げた局面で上に乗せたものです。 第一層はゴールドの水準にかかわらず繰り返されてきましたが、第二層はビットコインが高値から3割下げたあとにしか出ていません。

供給は価格に応じるか

一つ目は希少性です。 2024年5月のインタビューで、彼は「ゴールドは最良の状況でもインフレ率2%。ビットコインはゼロ」と言っています。 ここでのインフレ率は物価ではなく、資産の供給が年に何パーセント増えるかです。 ビットコインの新規発行はいま年0.8%で、半減期ごとに半分になり、価格にも需要にも反応しません。

この論点がもっとも鋭い形をとったのは、ゴールドが二日で2013年以来の下げを記録した2025年10月22日の投稿です。 「ゴールドの供給は弾力的だ。価格が上がれば供給も増える。ゴールドに賭けることは人間の創意に逆らって賭けることだ。ビットコインはこれを直す。有限で、人類への賭けだ」。 2024年3月の「ゴールドは地中に埋まっている。ビットコインは未来に埋まっている」も同じ趣旨で、供給が価格ではなく時間だけに縛られている点をゴールドとの決定的な差として置きます。

ただし「価格が上がれば供給も増える」は、ゴールドの実態と合いません。 2025年の鉱山生産は統計上の最高でしたが、地上在庫に対して1.7%で、価格が倍になっても増産の反応は年単位で鈍いままです。 価格に敏感なのはリサイクルですが、それは既存の在庫が市場に出てくるだけで、地上にあるゴールドの総量は増えません。 彼自身が「最良でも2%」と言っている通り、ゴールドの弱点は弾力性ではなく、希薄化が年1.7%でビットコインの0.8%より大きいという差に留まります。

誰が検証できるか

二つ目は監査です。 2025年6月、彼が CEO を務めていたビットコイン・トレジャリー企業 Twenty One が保有するビットコインのアドレスを公開したとき、彼は「世界中の誰でも、我々が言う通りのビットコインを持っていると監査し検証できる。ゴールドではこれができない」と書きました。 対比に出すのは Fort Knox で、米国の公的なゴールドが独立した全量の実地監査を1953年以来受けていないことを繰り返し引きます。 2026年4月の Bitcoin 2026 でも、ゴールドの保有は物理的な監査と仲介者と機関の報告に頼るが、ビットコインはインターネットにつながる誰でも第三者なしに検証できる、と同じ主張をしています。

ゴールドの ETF もバーの一覧を公開しますが、その一覧は保管業者と監査人を信じて初めて意味を持ちます。 ビットコインの残高は第三者を挟まずに誰でもいま確かめられ、この差が監査論の中身です。

保管が集中するという弱点

三つ目は保管で、ゴールドの性質ではなく、ゴールドが要求する保管の形に向けた批判です。 ゴールドを国境を越える商取引に使おうとすると、必ずどこかの機関に預けざるを得ず、「すべてのゴールドが西側国家の金庫に座っている」状態になります。 この集中が1971年のニクソンショックを可能にしました。 ニクソンがドルとゴールドの交換を止められたのは、ゴールドが政府の金庫にまとまっていたからです。 だから金本位制の崩壊はゴールドの欠陥ではなく保管の形の欠陥で、その形が変わらない限り「今回は違う」とは言えない、というのが彼の問いかけです。 「ゴールドはすでに我々を裏切った」という強い言い方はこの文脈で出てきます。

Schiff との討論では、「トークン化されたゴールドのほうが速く安く送れる」という Schiff の対案を、トークン化しても保管者を信用しなければならない点は変わらず、集中と検証の問題はそのまま残る、と切り返しました。 討論を伝える記事に Schiff 側の有効な返しは見当たらず、五つの中でもっとも強い論点です。 ただし集中の批判は、ビットコインの保管にも当てはまります。 米国の現物 ETF が保有するビットコインの約8割は Coinbase 一社が預かり、Twenty One 自身もビットコインを保管業者に置く会社です。

資産であり、ネットワークでもある

四つ目は決済網です。 「ビットコインは貨幣資産であると同時に貨幣ネットワークだ」。 ゴールドは決済のために銀行と保管業者と輸送という別のインフラを必要としますが、ビットコインは決済網を内蔵しています。 Michael Saylor の「デジタルゴールド」はこの差を強調しません。 Saylor にとってビットコインは保有する資産であり、動かすものではないからです。 ビットコインの即時決済網 Lightning を作ってきた Mallers は、動かせることを比較の中心に置きます。 同じビットコイン論者の中で彼の位置を決めているのは、この論点です。

携帯性と実績

五つ目は携帯性と実績です。 ビットコインは秒で送れて「頭の中に保管できる」し、移転に誰の許可も要りません。 実績については討論で「過去10年の年平均リターンはビットコイン60%、ゴールド2%」と示し、「12〜18か月で25万ドルから100万ドル」と予測しました。

この数字は弱い根拠です。 ゴールドの2%は2011年の高値から数えたときの数字で、討論の時点から10年なら年7〜9%です。 起点で変わる比較は、貨幣の優劣の根拠になりません。 予測も、18か月後の2026年3月にビットコインは6万から7万ドル台で、下限にも届きませんでした。

ゴールドの急騰をどう説明したか

第二層は、ビットコインだけが下げた局面で生まれました。 2025年にゴールドは65%上がり、2026年1月まで最高値を更新し続けました。 ビットコインは2025年10月の高値から3割下げました。 「ビットコインはゴールドより良い貨幣だ」と言い続けてきた人にとって、説明が要る局面でした。

最初の説明は2025年5月の「両方が一緒に上がっている」です。 ゴールドは米国の制裁でドル資産を持ちにくい国の資本を吸い、ビットコインは通貨の減価に対するヘッジになる、という役割分担でした。 これは秋以降にビットコインだけが下げると通らなくなります。

2026年1月29日、ゴールドが最高値圏にあった日の投稿が第二層の定式です。 「未来はハイパービットコイン化だが、今日はそうではない。今日のビットコインはソブリン債務と競うには小さすぎる。それでいい。ゴールドの上昇はビットコインに強気だ。フィアットは死につつある。ゴールドは流動性を先回りし、ビットコインは流動性に反応する」。 同じ日に「ゴールドとビットコインの10年相関は0.09。まったく連動しない。この映画は前に見た。前回は COVID だ」とも書いています。 ゴールドが先に動き、流動性が実際に緩んだあとでビットコインが動く、という順序の仮説です。 2026年8月に財務省の長期債買い戻しでゴールドとビットコインが同時に上がると、Trump と Bessent 財務長官はどちらの高値も望んでいる、と政治の読みを加えました。 ゴールドは敵ではなく、ドル減価の先行指標として位置づけ直されています。

発言と市況の対応

時期 発言 ゴールド ビットコイン
2024年3月 「ゴールドは地中に、ビットコインは未来に埋まっている」 2,100ドル台、連日の最高値更新中 6万ドル台後半
2024年5月 ゴールドは持たない。「最良でも2%、ビットコインは0」 2,300ドル台 6万ドル台後半
2024年9月 Schiff と討論。60%対2%。12〜18か月で25万〜100万ドル 2,500ドル台(時価総額約17兆ドル) 5万ドル台後半(約1兆ドル)
2025年5月5日 「ゴールドはすでに裏切った」「両方が一緒に上がっている」 3,300ドル台(約20兆ドル) 9万ドル台半ば
2025年6月4日 Proof of Reserves 公開。「ゴールドではこれができない」 3,300ドル台 10万ドル台
2025年10月22日 「供給は弾力的。人間の創意に逆らう賭け」 4,380ドルから4,080ドルへ二日で下落 10万ドル台後半
2026年1月29日 「先回りと反応」。相関0.09 5,600ドル前後の最高値圏。翌日10%超の急落 8万ドル台後半
2026年4月29日 Bitcoin 2026 で Proof of Reserves を再論 4,500ドル台 7万ドル台後半

第一層の発言はゴールドの水準にかかわらず繰り返され、第二層だけが、ビットコインが高値から3割下げたあとに出ています。

順序の仮説は試されたか

第二層が言う順序、つまりゴールドが先に動き、流動性が緩んだあとでビットコインが動くという仮説は、既に一度試されています。 彼自身が2025年11月に、量的引き締めが12月1日に終わることを流動性の転換点として予告しました。 実際に量的引き締めは12月1日に終わり、12月12日からは月400億ドルの短期国債の買い入れが始まり、年内に三回の利下げがありました。 本人の定義で流動性は緩んだのに、ビットコインは10月の高値から1月末まで3割下げ、上がったのはゴールドだけでした。

「ゴールドが先回りし、ビットコインが反応する」が正しいなら、反応の時期を指定しなければなりません。 それが無いままでは、外れを「まだ先だ」と言い換えられます。

要するに、彼が二年間言い続けてきた信念はこうです。 ビットコインは、供給が価格ではなく時間にしか縛られず、誰でも第三者なしに残高を確かめられ、政府の金庫に集めなくても国境を越えて動かせる、ゴールドより良い貨幣です。 ゴールドは同じ病への古い処方で、保管の形のせいで1971年に一度人々を裏切っており、トークン化しても変わりません。 いまゴールドが先に上がるのは、ビットコインがまだソブリン債務と競うには小さいからで、ゴールドの高値はドル減価の先行指標であり、ビットコインに順番が回ってくる前触れです。 だから彼はゴールドを持たず、ビットコインだけを持っています。

出典

本文の登場順に並べています。

  1. The David Lin Report, Peter Schiff & Jack Mallers Debate Bitcoin Vs. Gold, Collapse Of Dollar(2024年9月5日収録の討論本体)
  2. ITM Trading, I Hold Zero Cash; They Will Force Banks to Fail Warns Bitcoin King Jack Mallers(2024年5月29日、Daniela Cambone Show。「最良でも2%、ビットコインは0」、ゴールドは持たない)
  3. Yahoo Finance / TheStreet, Strike CEO has a harsh response to Elon Musk’s gold thesis(2025年10月22日。「供給は弾力的」)
  4. Mining.com, Gold price falls by most in over a decade as rally cools(2025年10月。4,380ドルから4,080ドルへ、2013年以来の下落)
  5. Jack Mallers on X, Gold is stuck in the ground, Bitcoin is stuck in the future(2024年3月7日、Bitcoin Atlantis 講演)
  6. World Gold Council, You asked, we answered: Are we running out of gold?(2026年3月12日。地上在庫219,891トン、2025年の鉱山生産3,672トン、リサイクル供給は鉱山より価格に敏感)
  7. Jack Mallers on X, Twenty One’s Proof of Reserves is live(2025年6月4日。「ゴールドではこれができない」)
  8. BullionStar, Koos Jansen, Audits of U.S. Monetary Gold Severely Lack Credibility(1953年の監査は約6%で打ち切り、1974〜86年の継続監査は未完、1993年以降の OIG 監査は会計監査)
  9. Bitcoin News, Twenty One Capital’s Jack Mallers Argues BTC’s Proof of Reserves Outclasses Gold at Bitcoin 2026(2026年4月29日)
  10. SEC EDGAR, Cantor Equity Partners Form 425: Twenty One transcript(2025年5月5日の対話。「西側国家の金庫」、「ゴールドはすでに裏切った」、「資産であり同時にネットワーク」、「両方が一緒に上がっている」、ゴールド約20兆ドル)
  11. AMBCrypto, Gold or Bitcoin? Peter Schiff, Jack Mallers debate which is ‘better money’(Schiff のトークン化ゴールド提案と Mallers の反論)
  12. Michael Snoyman, Bitcoin vs Gold(2024年10月。討論の論点整理。決済網の内蔵、保管の集中)
  13. CryptoSlate, Over 80% of Bitcoin ETF assets hit Coinbase custody choke point with $74B at risk(2026年4月12日。米国の現物 ETF 資産の8割超を Coinbase が保管)
  14. TheCurrencyAnalytics, Gold vs. Bitcoin: Peter Schiff and Jack Mallers Clash Over Which Is the Superior Asset(2024年9月10日。60%対2%、25万〜100万ドル、ゴールド約17兆ドルとビットコイン約1兆ドル)
  15. World Gold Council, Gold Spot Prices & Market History(LBMA 価格。2014年9月約1,240ドルから2024年9月約2,580ドルで年率7.6%、2011年9月の高値約1,900ドルからは年率2.4%。本文の「年7〜9%」「2011年の高値から」はここから計算)
  16. Fortune, Current price of Bitcoin for March 23, 2026(2026年3月23日。約70,600ドル。3月の月間はおよそ6.5万〜7.4万ドル)
  17. BullionVault, Record Gold Price Ends 2025 Up 65%, Silver Jumps 144%(2025年12月31日。年間65.0%、1979年以来の上昇率)
  18. PriceGold, Gold price on Monday, May 5, 2025(2025年5月5日の実勢は3,300ドル台)
  19. CoinDesk, The gold and silver bubbles may have popped; what it means for bitcoin(2026年1月30日。5,602ドルの最高値と翌日の急落)
  20. Jack Mallers on X, Gold front-runs liquidity. Bitcoin responds to liquidity.(2026年1月29日)
  21. Jack Mallers on X, Gold’s correlation with Bitcoin over the last 10 years is 0.09(2026年1月29日)
  22. CNBC, The ‘debasement trade’ returns after Bessent bond maneuver(2026年8月25日。Trump と Bessent がゴールドとビットコインの高値を望むという発言)
  23. Bloomberg, Bessent’s Bond Moves Revive Dollar Debasement Trade as Gold, Bitcoin Rally(2026年8月21日)
  24. World Gold Council, You asked, we answered: What’s behind gold’s March rally?(2024年3月12日。3月1日から6日連続の最高値、3月11日の LBMA 午後値2,180.45ドル)
  25. Fortune, Current price of Bitcoin for April 29, 2026(2026年4月29日。約77,000ドル)
  26. Fortune, Current price of gold as of April 29, 2026(2026年4月29日。約4,560ドル)
  27. Kitco News, 50% underwater: Jack Mallers predicts Dec. 1 liquidity pivot(2025年11月19日。「QT は12月1日に終わる」、流動性の転換点の予告)
  28. Federal Reserve Bank of New York, Statement Regarding Reserve Management Purchases(2025年12月10日。12月12日から月約400億ドルの短期国債買い入れ。同日の FOMC で FF 金利 3.5〜3.75%へ)