Jack Mallers は何を主張してきたか(前編)

Jack Mallers は、ビットコインの決済アプリ Strike を作った起業家です。 1994年生まれで、18歳からビットコインに関わり、2021年にはエルサルバドルの法定通貨化に助言し、2025年からはビットコイン・トレジャリー企業 Twenty One Capital の CEO を兼ねました。 2026年7月にその Twenty One を去り、Strike に戻っています。 一つの構想を立てて、試して、失敗を認めるまでの一巡が終わったいまは、彼の主張を通して読むのに向いた時期です。

前編では、彼が何を病と診断し、なぜビットコインを処方し、それをどう事業にしてきたかを追います。 後編では、その中でも彼がもっとも多く語ってきたゴールドとの比較を取り上げます。

1971年から始まる診断

Mallers の話は、ほぼ必ず1971年から始まります。 ブレトンウッズ体制(1944年)でドルがゴールドに固定され、ニクソンショック(1971年)でその固定が外れ、ペトロダラー(1974年)でドルの覇権が地政学で支えられるようになりました。 この三つの節目を、彼は偶然の連なりではなく、紙を刷ってモノを輸入する体制を守るための意図的な選択だったと見ます。

その体制の代償を説明するのに、彼はトリフィンのジレンマを使います。 基軸通貨を出す国は、国内の福祉より世界への流動性供給を優先せざるを得ず、その結果として過剰に通貨を発行し、製造業を空洞化させ、労働者階級を「無関係な存在」にしてしまった、という筋です。

債務については、火の比喩で語ります。 「文明を暖めるが、やり過ぎれば家を焼く」。 政府債務は未来の資源を今使う「時間旅行」であり、米国は利上げも歳出削減もできないところまで来ているので、残された道は通貨の減価しかない、と彼は言います。 これが彼の言う「静かなデフォルト」です。

この診断の骨格そのものは、Saifedean Ammous や Lyn Alden の系譜で見慣れたもので、新味は多くありません。 違うのは語り方です。

世代の物語として語る

Mallers はこの診断を、統計ではなく自分の世代の体験として語ります。 若年層の自殺と過剰摂取の増加、肥満、親と同居する成人の割合が大恐慌期を超えたこと、学生債務、買えなくなった住宅。 これらを1971年以降の通貨の劣化と並べ、「勤勉が安定に変わる」という社会契約が破れたのだと言います。 友人を自殺と薬物で失った話を壇上で繰り返し、「私たちはこの世界に生まれることを選ばなかったが、次に何が来るかは選べる」と締めるのが定型です。

この話法から、ビットコインは投資対象ではなく道徳の問題として提示されます。 インフレなし、没収なし、検閲なし、偽造なし。 この四つを彼は「ソフトウェアに書かれた道徳律」と呼び、暴力でも政治でもなく「平和的なソフトウェアによる出口」だと位置づけます。 「ビットコイナーがビットコインである」という言い方も、コードやネットワークより先に人の側を置く彼の姿勢を表しています。

なぜビットコインなのか

処方の中心は希少性です。 iPhone は売れれば増産されますが、ビットコインは需要が増えても供給が増えません。 「需要が増えても供給が増えない唯一の資産」であり、だから「ヘッジではなく解決策」だと言います。 「ビットコインは世界を変えられる。世界がビットコインを変えられないから」という彼の決まり文句は、この一点の言い換えです。

市場の大きさは、貨幣の定義から導きます。 貨幣とは「労働を貯蔵し交換する道具」であり、人類が持つ約900兆ドルの資産のうち半分近くは価値を保存するために持たれている、と彼は説きます。 株式市場の150兆ドルよりはるかに大きいこの需要が、ビットコインの行き先だという見立てです。

価格の変動については、「ボラティリティはリターンの対価」と言い切ります。 彼にとってのリスクは値動きではなくシステムの破綻であり、数学に立つビットコインは、取引相手の信用に依存する資産より本質的に安全だという考え方です。

他の暗号資産は認めません。 2024年の BTC Prague での講演題は「二番手は存在しない」でした。 プルーフ・オブ・ワークだけがデジタルの記録をエネルギーという物理現実に結びつけるのであって、プルーフ・オブ・ステークは Vitalik Buterin 自身の言葉を借りれば「シミュレーションされた宇宙」であり、事前配布と富の集中に依存するので不公平だ、という論です。

流動性の煙探知機

2025年から2026年にかけて価格が下がる局面で、Mallers はビットコインを「煙探知機」と呼ぶようになりました。 24時間365日取引される最も流動的な資産なので、金融が引き締まると最初に売られます。 「売りたいものではなく、売れるものを売る」。 だから下落は暗号資産固有の弱さではなく、世界的な流動性の不足を映しているのだ、という説明です。 2026年6月、消費者信頼感が歴史的な低さにあるのに株式指数が最高値をつけていた局面では、株価は介入で信号として壊れており、「ビットコインは貨幣的な真実の反映にもっとも近い」と述べました。

この見方は、政策への予想とつながっています。 量的引き締めは終わり、量的緩和と利下げが戻る、と彼は予想します。 そのとき最初に反応するのがビットコインなので、下落局面は買い場だ、という順序です。

米国の財政とも接続します。 政府がビットコインを買うことは「ドルを減価させつつ米国の強さを再建する」道であり、ビットコインが50万ドルになればステーブルコインの時価総額も同じ倍率で膨らみ、その裏付けである米国債への需要も5倍になる、という試算を語っています。 この試算は前提を積み重ねたものなので、そのまま受け取るより、彼がビットコインの上昇を米国の財政と対立させずに描こうとしている点を読むほうがよいと思います。

貯めて、売らずに借りて、使う

思想の部分より変化が大きいのは、それをどう事業にしてきたかです。

2019年から2021年の Mallers は、決済網としてのビットコインを語っていました。 資産としてのビットコインと「貨幣ネットワーク」としてのビットコインを分け、Lightning を「人類史上最大の貨幣技術の前進」と呼び、送金が GDP の2割を占め人口の7割が銀行口座を持たないエルサルバドルで、送金を「最初のキラーアプリ」に据えました。 利用者はドル建てで使い、裏側だけビットコインの網を通すという設計です。

2024年以降、彼の言い方は変わります。 「上質な貨幣を、減価する資産と交換したくない」。 日常の支払いはクレジットカードで済ませ、その返済をビットコイン担保のローンで行えばビットコインを手放さなくてよい、と言い始めました。 2025年5月の Bitcoin 2025 の基調講演では、持ち続けたいが現金は要るという状況を「HODLer のジレンマ」と名づけ、年利9〜13%、1万ドルから10億ドルまでのビットコイン担保ローンを発表しています。 「永遠に HODL はできない」というのが、そのときの言葉でした。

ここで彼の立場は、Michael Saylor 型の「保有せよ」でも、Lightning 派の「使え」でもなく、「貯めて、売らずに借りて、使う」に収まります。 使う場面は残しつつ、使う手段を売却から借入に置き換えた、と整理できます。

ETF とトレジャリー企業の間

2025年4月、Tether と SoftBank、Cantor を後ろ盾に Twenty One Capital が発足し、Mallers が CEO に就きました。 約43,500 BTC を保有し、企業としては世界3位の保有者です。

設計の中心は指標にありました。 ETF は保有量が固定された「静的な露出」だが、事業会社なら資金調達と収益でビットコインを増やし続けられます。 だから株主価値をドルではなくビットコインで測るべきで、一株あたりビットコイン(Bitcoin Per Share)と、その増加率(Bitcoin Return Rate)を経営指標に置く、という考え方です。

2026年4月の Bitcoin 2026 では、これを一枚の図にしました。 縦軸にビットコインへの確信、横軸に営業利益をとり、Coinbase や Robinhood は「利益はあるが確信がない」象限に、Strategy や Metaplanet は「確信はあるが利益がない」象限に置きます。 自分が作りたいのは右上、つまり両方を持つ会社だと言い、「クリプトのカジノは作りたくない」と付け加えました。 そのために Strike の金融サービス、Tether 傘下 Elektron のマイニング(約50EH、ネットワークの約5%)、資本市場、財務、M&A の五つを一社に束ねる三社合併を支持し、Tether からの21億ドルの与信で貸付を広げると発表しています。

同じ時期に、彼は Saylor への批判を強めました。 Strategy が発行する永久優先株は「永遠に借金を負う契約」であり、年11.5%の配当を実収益なしにどう払うのか、「誰がその金を出すのか」。 含み損を抱えたトレジャリー企業の選択肢は、ビットコインの売却、株式の希薄化、配当の停止、別のキャッシュフローの四つしかないのだから、金融工学ではなく貸付のような事業を作るべきだ、という主張です。

破談と反省

三社合併は2026年7月21日に破談になり、Mallers は Twenty One の CEO を退任しました。 株価は10ドルの初値から4ドル台に沈み、9割下落を見届けての退任と書いた媒体もあります。 「私の使命はビットコインで、私のビットコイン企業は Strike だ」というのが、退任時の言葉です。

退任後に公開した文章で、彼は「注目をプルーフ・オブ・ワークと、ビジョンを実行と取り違えた」と書きました。 2022年に大手小売での Lightning 決済を発表しながら実現しなかったことも、そこで認めています。 「私の慣れた世界は教訓から私を守ろうとする。ビットコインはしない」。 弱気相場を真実の露呈として肯定する、彼らしい締め方でした。

何が彼の独自性か

Mallers の診断は借り物で、処方は多くのビットコイン論者と共通しています。 独自と言えるのは三つです。 一つは、通貨の話を世代の体験と道徳の語彙で語る話法。 一つは、ビットコインを流動性の先行指標として読むマクロ観。 そしてもう一つは、ETF とトレジャリー企業の間に「キャッシュフローを持つビットコイン企業」という第三の形を置いたことです。 三つ目は Twenty One で試されて失敗し、Strike の貸付事業に引き継がれました。 2026年9月の時点で言えるのは、そこまでです。

後編では、彼がこの処方を売り込むときに必ず引き合いに出してきた相手、ゴールドとの比較を追います。

出典

本文の登場順に並べています。

  1. BTC Prague, Bitcoin as Ethical Money for the Youth: Jack Mallers’ Vision of a New Renaissance(2025年6月の講演要約。1971年、トリフィンのジレンマ、世代論、道徳律)
  2. MyWheelLife, Bitcoin Is Not an Investment, It’s a Revolution(2025年6月27日。同講演の統計と三つの節目)
  3. Bitcoin Magazine, Jack Mallers Announced A New System Of Bitcoin Backed Loans At Strike(2025年5月29日。債務は火、HODLer のジレンマ、ローン条件)
  4. Kitco News, 50% underwater: Jack Mallers predicts Dec. 1 liquidity pivot(2025年11月19日。静かなデフォルト、量的引き締めの終了予想、煙探知機)
  5. Bitcoin Magazine, Jack Mallers New Video About Bitcoin Scarcity Is Right On The Money(2024年11月。iPhone の比喩、「ヘッジではなく解決策」)
  6. TechFlow, Interview with Bitcoin Veteran Jack Mallers: Dollar Crisis, Bitcoin as a Store of Value, and 21 Capital(貨幣の定義、900兆ドル、ボラティリティはリターンの対価、Bitcoin Per Share、カードで払いローンで返す)
  7. BTC Prague, Understanding the Differences Between Bitcoin and Other Cryptocurrencies: BTC Prague 2024 Keynote(「二番手は存在しない」)
  8. The Block, ‘You sell what you can, not what you want’: Jack Mallers says bitcoin is pricing a global liquidity crisis(2026年6月11日。「貨幣的な真実の反映」)
  9. Crypto Briefing, Jack Mallers links Bitcoin pricing to global liquidity crisis
  10. The Block, Buying Bitcoin would debase the dollar and rebuild American strength: Jack Mallers
  11. ビットタイムズ, ビットコイン価格の上昇が米財政安定の鍵に|Strike創業者が語る米国債と仮想通貨の関係(50万ドルで米国債需要が5倍)
  12. SALT Talks #229, Jack Mallers: Bringing Bitcoin to El Salvador(2021年。貨幣ネットワーク、送金、GDP の2割と非銀行7割)
  13. Bitcoin Magazine Japan, Twenty One Capitalのジャック・マラーズCEO、ビットコイン価格は15万ドルを超えてさらに上昇し続けると指摘(2025年7月29日。保有43,500 BTC、世界3位)
  14. SEC EDGAR, Transcript of Jack Mallers’ presentation at the Bitcoin 2026 Conference(2026年4月29日。二軸の図、五部門、21億ドル与信、Elektron 50EH、「クリプトのカジノ」)
  15. Bitcoin Magazine, Strike CEO Jack Mallers Announces Lending Proof-of-Reserves, Volatility-Proof Loans, And Backs Tether Merger Plan(2026年4月)
  16. Yahoo Finance, Jack Mallers Doubles Down On Michael Saylor, Warns Strategy Is ‘Signing Up To Owe Money Forever’(2026年6月21日。永久優先株、四つの選択肢)
  17. CoinDesk, Michael Saylor says mNAV is just one metric as Strategy dilution debate continues(2026年6月11日。「誰がその金を出すのか」)
  18. CoinDesk, Jack Mallers steps down as XXI Capital CEO as Tether’s plans to merge three bitcoin firms falls(2026年7月21日)
  19. Decrypt, Jack Mallers Quits Twenty One Capital as Tether’s Bitcoin Merger Collapses(「私のビットコイン企業は Strike」)
  20. Yahoo Finance, Jack Mallers Questioned MicroStrategy’s Bitcoin Strategy, Now He’s Stepping Down From Twenty One(株価4ドル台、初値10ドル)
  21. Protos, What happened to Jack Mallers and Strike?(2022年の小売決済の未達、9割下落の見届け)
  22. CryptoPotato, After Twenty One Exit, Jack Mallers Says Bitcoin Taught Him Hard Lessons(退任後の反省文)