「貨幣の希薄化」というビットコインより古い物語

「ビットコイン以前に、貨幣の希薄化が投資の主題として語られていた記憶がない」という感覚を持つ読者は多いはずです。 この感覚は正確です。 ただしその理由は、希薄化が新しい問題だからではありません。 この物語はおよそ一世代の周期で燃えては消えており、私たちが市場を覚えた時期が、ちょうど消えていた四半世紀に当たっていたからです。 本稿では、この物語の系譜を古代から現在まで辿り、いまがどの位相なのかを考えます。

貨幣と同い年の命題

debasement という英語は、もともと鋳貨の品位低下を指します。 3世紀のローマ帝国は、銀貨デナリウスの銀含有率を9割前後から5%以下まで薄めました。 14世紀にはオレームが、君主による改鋳を臣民からの窃盗に等しいと断じる貨幣論を書き1、16世紀にはコペルニクスとグレシャムが、悪貨が良貨を駆逐する機構を定式化しています。 「政府は放っておくと貨幣を薄める」という命題は、貨幣とほとんど同い年です。

1971年に揃った語彙

現代の系譜は1971年8月15日に始まります。 ニクソンが金とドルの兌換を停止し、主要通貨のすべてが、裏付けを持たない管理通貨になりました。 続く1970年代のスタグフレーションで、金は35ドルから850ドル(1980年1月)まで上昇します。 フリードマンの「インフレはいつでもどこでも貨幣的現象である」が教科書に入り、ハイエクは通貨発行を政府から取り上げる構想(『貨幣発行自由化論』、1976年)を書きました。 ゴールドバグの投資文化も、オーストリア学派の再興も、中央銀行への不信も、この10年の産物です。 のちにビットコイン保有者が継承する語彙は、ほぼすべてここで揃いました。

物語が死んでいた四半世紀

1980年代前半、ボルカーのFRBが高金利でインフレを制圧すると、物語は退場します。 1985年頃から2007年まで、低インフレと安定成長が併存するグレート・モデレーションと呼ばれる四半世紀が続き、希薄化を語るのは金鉱株ニュースレターの周縁文化だけになりました。 金は2000年前後に250ドル台まで売られ、欧州の中央銀行が金準備の売却を協定を結んで進めていたほどです。

日本では、この不在が二重でした。 1990年代後半からのデフレで、問題は「貨幣が薄まる」ことではなく「貨幣が強すぎる」ことだったからです。 日本版の通貨不安は、インフレではなく財政破綻の形をとり、2000年代には国債暴落を予言する書籍が量産されては外れ続けました。 ビットコイン以前に希薄化の議論を聞いた記憶がないという感覚は、この時代と場所の産物です。

2008年の復活

物語を蘇らせたのは金融危機です。 FRBが量的緩和でバランスシートを拡大すると、「money printing」への警戒が周縁から主流へ戻り、金は2011年9月に1,900ドルの史上最高値を付けました。 ビットコインのジェネシスブロック(2009年1月3日)に刻まれているのは、英タイムズ紙の「財務大臣、銀行への二度目の救済へ」という見出しです2。 ビットコインが希薄化の物語を作ったのではありません。 2008年に復活した物語が、ビットコインを産んだのです。

もっとも、2010年代の量的緩和はインフレを起こさず、物語は再び外れた予言になりかけました。 それを救ったのが2020年から22年です。 M2は2年で約4割増え、CPIは9.1%(2022年6月)に達し、1970年代以来はじめて警告が現実になりました。 2024年には、金とビットコインを法定通貨の希薄化へのヘッジとして束ねる debasement trade という呼び名がJPモルガンのレポートで広まり、周縁文化の語彙がセルサイドの正式なテーマ名になりました。 一方で2026年に入ると、インフレの沈静化とともに、同じセルサイドがこのテーマの後退を語り始めています。 命名された頃が物語の頂点だった、という皮肉もありえます。 ただし2026年8月、財務省が長期債の買い戻しを倍増させると、ドルは5月以来の安値へ、金は4,500ドルへ戻り、見出しは再び希薄化に戻りました。 今回の引き金はインフレではなく、金利を抑え込む財政の手つきそのものです。

50年遅れの上陸

日本にこの物語が上陸したのは、2022年以降です。 インフレ率が2%を超えて定着し、円は主要通貨に対して大きく減価しました。 2024年に始まった新NISAを通じて、家計は投資信託経由で11.5兆円(2024年、遡れる2005年以降で最大)の対外証券投資を積み上げています。 名前こそ資産形成ですが、円建ての購買力から離れて外貨建て資産へ移るという構造は、希薄化からの静かな避難と読めます。 1971年に米国で始まった物語が、半世紀遅れで、ヘッジ手段を金からS&P500やビットコインに替えて到着した形です。

周期の中の現在地

この歴史から引き出せる含意は二つです。 第一に、この物語は死にます。 グレート・モデレーションは、希薄化への警戒が四半世紀にわたって的外れであり続けた実例で、物語を殺したのは緊縮ではなく、インフレなき成長でした。 第二に、この物語は戻ってきます。 1971年、2008年、2020年と、財政と金融の拡張が実物のインフレか、それを避けようとする金融抑圧に繋がるたびに、同じ語彙が同じ構図で復活しています。

ビットコインは、この古い物語の最新の乗り物です。 乗り物の性能を測ることはできても、行き先を決めているのは物語の側で、その生死はインフレと財政の実績が決めます。 希薄化を語る声が大きくなったときは1970年代と2011年を、聞こえなくなったときはグレート・モデレーションを思い出す。 周期の中の現在地を測ることが、この資産と長く付き合うための、いちばん確かな道具だと思います。

  1. ニコル・オレーム『貨幣論』(De moneta、1355年頃)。 

  2. 原文は “Chancellor on brink of second bailout for banks”(The Times、2009年1月3日)。